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08 新聞広告
 新聞がマスメディアとして大きな発展を遂げたことには、広告が深く関わっています。「時事新報」を立ち上げた福沢諭吉は、明治16年には「商人に告ぐるの文」を掲載し、その中で新聞広告の効用をいち早く論じ、同時に広告が新聞経営にとって如何に必要であるかを説きました。その後、福沢の周辺から新聞広告を取り次ぐ代理業者が登場します。
日清・日露戦争を機に、新聞には報道記事が増え、かつてのようにエリート向けと娯楽向けという区別が明確でなくなり、新聞は、より大衆向けメディアとして成長します。また、消費財の安定供給や経済成長に支えられ、新聞広告量は増加し、大型広告も定着します。そして、新聞広告表現にも様々な試みが加えられ、シリーズものやデザイン性に富んだ広告が人目をひきました。明治時代の主要新聞広告主は「薬・書籍・化粧品」でしたが、大正期以降には、食料品・飲料品や車の広告などが紙面を賑わすようになります。このように新聞広告は日本の近代商業・産業の変遷を最もよく映している広告と言えるでしょう。
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『万国新聞紙』 第三集 表紙 『万国新聞紙』 第三集 より 「パン、ビスケットなど」 『横浜毎日新聞』 『横浜毎日新聞』より 東京大坂往復蒸気船 ネルソン百科全書
『万国新聞紙』 第三集 表紙 『万国新聞紙』 第三集 より 「パン、ビスケットなど」 『横浜毎日新聞』 『横浜毎日新聞』より 東京大坂往復蒸気船 ネルソン百科全書
報知新聞 色刷り連合広告 朝日いろは歌留多(連合広告) 現代日本文学全集    
報知新聞 色刷り連合広告 朝日いろは歌留多(連合広告) 現代日本文学全集    

 

資料番号:2005-6

慶応3(1867)年3月/26×19.1(cm)

幕末の外国人居留地で英人宣教師が発行した日本語新聞。その第三集には、日本人として最初の広告主、横浜元町・中川屋嘉兵衛による外国人向けパン、ビスケット、ボットル(バター)の広告が掲載されている。

所蔵・アド・ミュージアム東京

資料番号:2005-6

中川屋嘉兵衛

慶応3(1867)年3月/22.5×3(cm)

日本人として最初の広告主、横浜元町・中川屋嘉兵衛による外国人向けパン、ビスケット、ボットル(バター)の広告が掲載されている。

所蔵・アド・ミュージアム東京

資料番号:1998-735(1)-1

明治5年11月6日/51.5×32.8(cm)

『横浜毎日新聞』は、日本で最初の日刊紙として、明治3年に創刊。西洋紙に鉛活字という新聞は、当時としては革新的であった。

所蔵・アド・ミュージアム東京

資料番号:1998-735(1)-1

郵便蒸気船会社

明治5年11月6日/17.3×10.7(cm)

郵便蒸気船が東京と大坂を出帆する日と船名が記された広告。交通革命をもたらした明治維新を象徴している。

所蔵・アド・ミュージアム東京

資料番号:1997-1011(1)

丸善

時事新報 明治40年3月1日/53.8×39(cm)

売薬とともに多かった出版広告。創刊25周年記念号の『時事新報』は、日本新聞史上最大の224ページ、うち広告は200ページ以上に及び、掲載広告件数は580余件、1ページ広告だけでも55件にのぼった。その一面を飾った百科全書の広告。

所蔵・アド・ミュージアム東京

資料番号:1990-753-1

平尾賛平、岩谷商会、他

報知新聞 明治36年2月1日/50.0×35.7(cm)

報知新聞は明治34年に色刷りのマリノニ輪転機を導入。翌年から毎週月曜日に色刷り版を出した。アールヌーボー調のデザインで統一された連合広告に明治時代末期の嗜好が見てとれる。

所蔵・アド・ミュージアム東京

資料番号:1988-2549

澤本洋反物店、松屋時計店、他

大阪朝日新聞 大正11年 1月15日/52.7×38.5(cm)

朝日新聞の1ページに、商品広告を歌い込んだカルタを印刷したもの。「…かう云ふ面白い奇抜なかるたを考案しましたから裏張りをして切り取って下さい、そしてお父さんや、お母さんに読んで頂いて楽しくお遊び下さい、賢い坊ちゃんや、嬢ちゃんはよく之を覚えてお父さんや、お母さんが買物をなさいます時に品物や、店名を教へて上て下さい」とある。

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資料番号:1992-798

改造社

国民新聞 大正15年11月8日/25.4×37.5(cm)

1冊1円という安さの文学全集全36巻の予約募集広告。全国から38万通もの申し込みが殺到し、「円本ブーム」が始まった。競合他社もこれに続き、華々しい広告合戦が繰り広げられた。

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