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ADMT Salon
ADMT Collection
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09 PR誌
 今日のPR誌にあたる刊行物の嚆矢としてあげられるのが、明治11年に薬店を営む守田治兵衛が発行した『芳譚雑誌』や、明治30年に丸善が創刊した『学燈』です。これらは自社製品の広告や目録と同時に有名作家による執筆文も掲載し、文学雑誌という役割も持っていました。
PR誌を発行した会社は様々な業種に渡りますが、特に明治後期に呉服店が百貨店への移行を図っていた頃には、販売戦略の中核としてPR誌が積極的に活用されました。特に遠隔地への販路拡大をいちはやく考えていた当時の三井呉服店は、PR誌に注文書を折り込んで、購入の便宜を図りました。今日でいう通信販売にあたるこの商法は積極的に推し進められ、その後、他の呉服店も追随します。
カタログの要素を強く持つこれらのPR誌は、新しい生活スタイルを提案することによって、見る側の潜在需要を掘り起こしていきました。
このように雑誌やカタログの性質を含むこれらのPR誌は、当初は有料でしたが次第に一般化し、やがて無料になりました。
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※写真をクリックすると拡大写真と解説を表示します。

『学鐙』 『嗜好』 『みつこしタイムス』(表紙デザイン:杉浦非水) 『花椿』 『実業』
『学鐙』 『嗜好』 『みつこしタイムス』(表紙デザイン:杉浦非水) 『花椿』 『実業』
『ミツワ文庫』        
『ミツワ文庫』        

 

資料番号:2005-4

丸善

明治44年1月/22×15(cm)/2005-4

現在も続く丸善の雑誌。論説や雑報、広告、洋書目録から成り、洋書販売を目的とした月刊機関誌として明治30年に『學びの燈(まなびのともしび)』として創刊された。(後に『學鐙』と改題)森おう外や夏目漱石などの文豪が記事や書籍紹介を担当することもあった。

所蔵・アド・ミュージアム東京

資料番号:1992-1456

明治屋

明治45年1月/22.2×15.2(cm)

食品販売店明治屋の機関雑誌。「衣食住に留まらず、多方面に趣味を広げることが、家庭と社会の両面において楽しさを生み出す」という主旨のもとに明治41年4月に創刊され、現在もなお発行されている。

所蔵・アド・ミュージアム東京

資料番号:1996-421(34)

三越呉服店

大正3年3月/25.4×18.7(cm)

三越呉服店は明治36年に最初の月刊PR誌『時好』を創刊。明治41年に『みつこしタイムス』と改題した。これを機に、かつて掲載していた一般広告を廃止し、三越の機関雑誌というスタイルを固めた。2年後には非売品となる。

所蔵・アド・ミュージアム東京

資料番号:1992-510

資生堂

昭和12年11月号/26×18.9(cm)

現在も続く資生堂発行の『花椿』の創刊号。時代の先端を行くセンスが編集やデザインに表れている。資生堂は当時からメーカーと小売店、消費者の組織化に努め、『花椿』はその重要な手段であった。

所蔵・アド・ミュージアム東京

資料番号:1992-1238

伊藤忠

大正5年11月号/25.4×18.3(cm)

取引先に向けたPR誌。相場報告や、産地商況、国の内外の産業・貿易政策に関する論説などが掲載されている。一方、旅行記を載せるなどの多様性もある。

所蔵・アド・ミュージアム東京

資料番号:1992-1238

丸見屋

大正11年10月号/22.5×30.4(cm)

丸見屋の商品販売店に向けたPR誌。「アミノ酸の生理的作用」等の学究的文章が中心。営業部員による「広告の心理学的諸問題」が連載されているところが興味深い。

所蔵・アド・ミュージアム東京


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